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天の裏
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おたより
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2023/10/31

「あらまぁどうも、今宵は良い夜ですね。ここに来るのは初めてですか?さぞ驚いたでしょう、お顔を見れば分かります、皆訪れる者は揃って目を瞬くのですから」

 「綺麗でしょう?見渡す全てあなたが思う通りです。知覚の果て、地平の彼方。流転する三千世界を満たすほどの彼岸花。えぇ、えぇ。幽界においても霊界においても神界でさえも、これは望む望まぬに関わらず、拝むことが出来ない絶景ですから。」

 「ここが何処かですか?まぁ、可笑しなことをお聞きになりますね。ここは何処でもありません。強いて言えば三界の狭間でしょうか。」

 「もうお出になるのですか?忙しのない方。此処では朽ちることなく続く永劫も、雲耀が如く過ぎゆく須臾も在りません。時は存在せず、心身共に果てることなど無いのです。何も現世のようにそう急がなくとも…あら、あらあら?ついつい、お口が。」

 「滑らしてしまったことには仕方ありませんね。えぇえぇその通り、此処は現世ではありません。貴方は一度その生を終えております。此処は浄土に向かう魂が、ほんのたまに迷い込む天の裏。物質界と精神界。どちらにも属し、どちらにも属さない。位相の異なる方々さえ知らない、熾天の檻の影なのです。」

 「此処を出れば恐らく二度とは戻れません。それでも出て行かれますか?…そうですか。はい、止めはしません。それは束縛となり、欲を生みますからね。欲は熱です。膨大な情報を持つ熱に、形なき物は耐えられませんから。」

 「ふふ、久方ぶりの客人でした。お話が出来て良かったです、もう貴方にお会いすることが出来ないのは、ほんの少し寂しいですが、貴方の旅路に幸あれかしと、そうお祈りしておきますね。」

 あぁそうそう、身体がないことでお気付きにくかったと思いますが_

 意識が薄れ、浮遊感に包まれる直前に思い出したとばかりに声が聞こえた。視点が上がり、先ほどまでの絶景が遠ざかりながらも、声は不思議と聞き取れた。知覚出来る視界が広がり、眼前に映るそれを見て…目を見張る。

 _此処は深ぁい深い、海の底なんです_

 全貌は見えず、記憶にあるものとも明らかに異なる水の様な何かで構成されている。だが先ほどの絶景を覆うように、満たすように何処までも広がるそれは、成る程。拝む事など、出来はしまい。あぁ…望む望まぬに関わらず。

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