隣にだし巻き玉子みたいな家が建ったのでどういう人間が住んでいるのか見てやろうと思ったら、梅図かずおの色違いみたいな男性がでてきてびっくりした。名前はサカキさんというらしい。
サカキさんは自身も黄色い服を着て、ふわふわの、風が吹いたらちぎれてしまいそうな小さな犬を散歩させていた。
初めて挨拶したとき、サカキさんは顔色悪く、「どうも目障りな家を建ててしまってすみません」と平身低頭したものだった。
「家を建てようとしてるってなったら職場の上司から知り合いの建築家を紹介されちゃって、断れなくてねえ。その建築家さん、サカキさんのイメージにぴったりの家を作るんです!って、えらく張り切っちゃって……出来た家があれですよ」
着ているものからイメージした家なのか、この家だから黄色を着るしかなくなったのかわからないが、ともかく、サカキさんはひどく嘆いた。
「お金を工面できたらすぐに塗り直しますから、どうぞ勘弁してください」
このように自分より年のいった男性に何度も何度も頭を下げられるというのはどうも居心地が悪い。
「うちは全然大丈夫なんで、あまりお気を落とさずに……」
と、慰めにもならないようなことをもごもご言った。
この間、ふわふわの犬は親が知り合いと話し込んでいるときの子供のように、飼い主の足の周りをぐるぐる回っていた。トラが回り続けてバターになるみたいに、犬が回り続けてだし巻き玉子になってしまうかも知れなかった。そうなったらサカキさんは失意のあまり二度と玉子が食べられなくなるだろう。なったりするだろうな。
家が経ってしばらく経つとどこから聞きつけたのか報道関係者とかインターネットユーザーとかがちらほら現れて、「あーこっち撮影中なんで邪魔しないでください」とかひとの生活圏内で平然と言うので、それには僕はものすごく腹が立った。お前の番組よりも僕が空腹を満たす方がはるかに大切である。
別に守るべき景観もへったくれもないところなのに『N町の景観を守ろう! 家の塗り直しを求めます』みたいな団体が立ち上がったのもどちらかというと、サカキさんの家そのものより外部の人間に面倒を起こされるのが迷惑だったのだろう。サカキさん一人に責任をおっ被せてやったに違いない。
この頃になるとサカキさんはもう当初の人格では自分を守れないと判断したらしく、「うるせえな! 黄色の何が悪いんだよ!」と悪態をつくようになった。ある日すれ違うと、以前はしなかったタバコの臭いがした。まるでわたあめのようだった犬も、野生味むき出しの鋭い容貌に変わり、五倍くらいの大きさになって、ぜんぜん可愛くなかった。
あれから何年が経っただろうか。
だし巻き玉子のような家は焼き加減を失敗したみたいに薄茶色くなり、当初のけばけばしさはない。犬もゆるやかに年老いて、賢そうな風貌になった。一時はどうなることかと思うほどの荒れようだったが、サカキさんと犬は、何事もなかったように平和に散歩ができるようになった。迷惑な連中も実は近所に住んでいるわけでもなかった迷惑な団体も、すっかりなりをひそめた。
近所が荒れている様子を昼夜となく眺め続けているうちに、当然僕も歳をとってきた。母ちゃんも歳だし、そろそろまともな職に就かないといけないんだろうなぁと思いながらも、やっぱりどう考えても世間の人は怖いので、すっぽり布団をかぶり、今お腹がいたくてどうしようもないんです、みたいな顔をした。布団をかぶっているので誰にも見えない。いや、いいのだ。自分に見せる顔だから。